こりん星は爆発しない――森高千里『非実力派宣言』★★★★★
1989年発売。写真集などは出すものの、どちらかというとアーティスト路線だと思われていた森高千里がアイドル感まる出しのアルバムを出したのは衝撃であった。現在アマゾンにはイメージが出ていないが、赤い背景に、ぶりぶりのドレッシーな服で、しかもミニスカを穿いて、左手を腰に、右手を上に挙げているジャケットは、ご記憶の方も多いだろう。
改めて本人作詞の「非実力派宣言」の歌詞を見てみると、こんな感じだ。
実力は興味ないわ 実力は人まかせなの
実力がないわいいわ 実力が逃げて行くのよ
(・・・)
実力は関係ないわ 実力は縁がないもの
実力がないわいいわ 実力がすべてじゃないの実力は まねできない 実力はテストだけにして
実力は 買えないもの 実力は顔じゃだめなのね
これを上述の衣装で悪びらず歌うのだから、すごい。というのも明らかに、アイドルあるいはアイドル文化そのものをからかっているところがあるからだ。いい代えれば、アイドルという形をとったアイドル文化批評的なところがある。メタアイドルどころかアイドルの脱構築だ。
これに出会った時、アイドル文化の成熟と終末を同時に見たような気がした。それ以降のアイドル文化は、いわば縮小再生産に過ぎない。携帯やネットの発展によってメディアのあり方が変質し、「国民的アイドル」という存在が不可能なものとなった。このようなアイドルの脱構築は、「国民的アイドル」がまだおぼろげながらあるような環境がなければ、成立しない。
アイドル文化に対する批評性はのちの「のぞかないで」にも露骨に見られる。
何を考えているの 信じられない
あれだけ言われてもまだ わからないのね何様のつもりよ 普通じゃ考えられない 変態
世の中のルールを 無視しているのよあんたは 変態
立場利用して弱い者いじめは 卑怯ものだわ
インテリぶってそんなことするのが ほんとのワルだわのぞかないでよドスケベ それじゃチカンと同じよ
いつか必ずバチがあたる 見ていろ
のぞかせないわ意地でも 力なんかはないけど
いつか仕返ししてやるから 見ていろ
「のぞかないで」とミニスカートを穿いて歌うのだからたまったものではない。「変態」だの「ドスケベ」だのという言葉がまた生々しすぎる。「ツンデレ」なのか「ツンツン」なのかわからない。今はアイドルポップスのカバーが多い(文化の衰退の証である)が、それでもさすがにこれらは強烈すぎて誰も跡追いしていないようだ。
このような黙示録的作品が成立したという歴史的記念碑として、永遠に語り継がれる森高千里のマスターピースである。