60年て伝統かよ

ぼやきくっくりhttp://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri/20051123/さん経由で知った、皇室典範に関する有識者会議第5回議事要旨にあること。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai5/5gijiyousi.html

・  象徴天皇の制度を維持していくことが前提であり、伝統を守りながら国民に受け入れられる方法を選択していくということが、この有識者会議に課せられた課題である。
・  伝統というものをどのように考えるのか、非常に狭すぎるように使われることはないか、ある伝統を守ろうとすると他の伝統との間で問題をおこし、いわば伝統同士がぶつかることはないか、伝統という言葉の使い方には細心の注意を要する場合がある。
・  古代以来の伝統のほか、過去60年の伝統もまたたいへん重い伝統である。
・  伝統という場合には、その時代で創意工夫しながら、大事な本質を維持しようとして格闘してきた結果が伝統なのではないかと考えられる。現行憲法の制定により主権が変動したが、憲法は、一つの血がつながっているという天皇という存在を象徴として取り入れて、大事にしていこうということなのではないかと考えられる。

過去60年の伝統もまたたいへん重い伝統である」とは、まったくガキの屁理屈ではないか。伝統を重んずる立場というのは、自らが生まれて死んでいく時間など、過去数千年にわたって日本人らが築いてきた歴史に比べればとるに足りない、という感覚にほかならない。ここでは伝統に対する、相対主義的な視点が取られ、「ある伝統を守ろうとすると他の伝統との間で問題をおこし、いわば伝統同士がぶつかることはないか」などと思わせぶりなことを言う。要は、「男系天皇維持」という伝統と「女系天皇容認」による皇統維持がぶつかっていると言いたいわけだ。しかし、前者はほんものの伝統だが、後者はただの「革命」であり伝統破壊に過ぎない。つまり、皇位継承の問題において、ある伝統と別の伝統がぶつかっているわけではぜんぜんないのである。まぎわらしい言い方をして国民をだましてはならない。
かつて「女性天皇」がいたという事実は、なんら「男系維持」という伝統に抵触しないのに、彼らはそれがあたかも「女系天皇」容認をも内包するかのように世論を(コメント欄でryokusaiさんが示唆しているように)ミスリードしている。このことから考えても井上毅が旧「皇室典範」において「女性天皇」禁止にまで突き進んだのはただしかったのだ。
「一つの血がつながっているという天皇などと、「女系天皇容認」によってあたかも(万世)一系が維持されるかのごとき言い草だが、長子優先という改正からは、長子の性別によって、男系→女系→男系→女系・・・のように、系がころころ変わる事態も想定される。これをして「双系」などと呼ぶ学者のいるらしいが、そのことからしてもこれは「一つの血がつながっている(一系)とはいえまい。
面白いことに、別の「識者」ではあろうが、これと正反対の意見も併記されている。

・  宮家の継承は、他の系の皇族から養子を迎えてなされている例があるが、そのような例を見ると、血のつながりを重んじるというよりは、一つの家としての家督の相続という感じが強いのではないか。

ほんとは「血のつながり」すらどうでもいいんじゃねえの?