ルネ・ゲノンと私

 最近すっかりゲノ中となった私だが、かつては、名前だけは知っていたが著書を読んだことはなかった。むしろ避けていたと言ってもいい。やはり、「オカルト系」の人、と思っていたからだろう。
 フリッチョフ・シュオンを読み始めてからも、シュオンの師がゲノン、というのは、ちょっと引っかかっていた。しかし、まずゲノンの『存在の多様な状態』、次に『十字架の象徴学』を読んでみて、勝手な思い込みは見事に粉砕された。即座に「これほどのものを書けるのは、並のレベルの思想家じゃない。なんで日本で本格的に研究する人がいないんだ?」とうなったものだ。
 ルネ・ゲノンの日本での受容のされ方は、わずかに邦訳されている2冊(『現代世界の危機』『世界の王』)が、オカルト系出版社から出されている、という事実が物語っている。アカデミズムの世界にあまり昇ってこないのも、やはり「オカルト系」に位置づけられているのも一因なのかも知れない。
 と言っても、実際の所を言えば、「オカルト系」というゲノンへの評価はまったくの的外れという訳でもない。もともと若い頃、20世紀初頭のパリのインテリ・サークル内で沸騰していたオカルト・ブームの雰囲気の中で精神形成しており、単なる観察者ではなく、積極的に関与していた。たしかにその後、世に出た最初の著作『ヒンドゥー教研究序説』に始まり、つづく『神智学:ある擬似宗教の歴史』『心霊主義の誤り』などで、スピリチュアリズムやオカルティズムを批判したゲノンだが、たとえば死ぬ直前までフリーメイソンなどのようなオカルト・グループとかかわりを持ち続けていた。ゲノンはいわば、真のオカルティズムに対立する、偽のオカルティズムを批判した、のだとも言えよう。
 エリアーデが評しているように、ゲノンのオカルティズム批判は、単なる科学主義や懐疑主義に基づくものではない。『心霊主義の誤り』に顕著だが、ゲノンはいわゆるサイキックな現象や力そのものの実在性を否定するのではなく、彼らの教義の「古代性」を否定するという、むしろdogmaticalな批判を行っている。つまり、オカルティストや自称秘教徒は、彼らの教義が古代の宗教に依拠すると主張しているのだが、実際は、伝統宗教やエソテリスムの教義を断片的につぎはぎした上、近代ヨーロッパの産物に過ぎない新しい思想を混ぜ込んだ、まったく人工的に創り出されたものであることを、ゲノンは論証しているのだ。
 余談だが、最近流行の、上記のオカルト系出版社や、かのちくま学芸文庫(「神智学協会」の祖・ブラヴァツキー夫人の著書も出している!!)でも出版されているルドルフ・シュタイナーの唱える「人智学」は、ゲノンによれば、ヒンドゥー教的要素を巧妙に除去した(それゆえ、よりヨーロッパ人向けに希釈した)「神智学」でしかない。