建築家空海――武澤秀一『空海 塔のコスモロジー』★★★★
2009年10月17日から四国八十八ヶ所つなぎ遍路(区切り打)をはじめた縁もあって、弘法大師空海の著作ならびに空海に関する本をいろいろ読んでいるが、この本はその中の一冊。 自身建築家である著者が、建築家としての空海に光を当て、建築物を通して空海の思想に肉薄するという、ユニークな内容となっている。
まず、著者は古代文化における巨木信仰から説き起こす。古代、むき出しの柱を立て、宗教的象徴とすることは、日本の神道の御柱信仰をはじめ、世界に共通に見られる。柱は天と地をつなぐ世界の中心であり、人はその周りを回ることによって、中心と一体となる。
仏教が中国から日本に伝えられた際も、御柱信仰は残った。五重塔の内部には、心柱がある。この心柱は中心にあるにもかかわらず、建築物をまったく支えていない。明らかに、建築構造上以外の理由がある。すなわち、仏教的意匠をほどこされた御柱にほかならないのだ。実際、初期の伽藍配置では、五重塔は中心におかれ、それぞれのお堂を御参りすることで、自動的に塔の周りを回ることになる。
時代が下るにつれ、五重塔はもともとの存在意義が薄れ、中心から周縁へと追いやられてゆく。心柱を包み込む構造自体はそのままに、次第次第に、遠くからでも目につく、単なる仏教の広告塔と化していく。
ところで仏教の発祥地インドに目を向けると、そこでは、世界の始まりにあったとされる「宇宙卵」を台座に模した塔が建造されている。ところが、中国においてインド仏教文化の多くが受容されたにもかかわらず、この「宇宙卵」型の塔は拒絶される。著者は、「宇宙卵」の形状が、あまりに生々しく性的イメージを喚起するため、儒教的感受性から中国では拒絶されたのではないかと推測している。
空海は中国(当時唐)に留学した際、当時国際都市であった長安に滞在したインド出身の僧から、インド文化について直接学習し、塔の淵源に「宇宙卵」型のものがあると知ったようである。空海が継承し完成した「密教」は、生命力に満ちた世界観を持ち、「宇宙卵」はそれを象徴するにふさわしいものだった。
日本においても、インドそのままの「宇宙卵」では生々しく写ると考えた空海は、日本型五重塔の庇に半分隠れた形で「宇宙卵」をはめこんだ建築物を創造した(著書表紙参照)。
床の中心には宇宙と同体である大日如来が安置され、四仏が囲む曼荼羅構造を成している。そして大日如来の真上の天井からは、塔内部に心柱が屹立している。まさにこの建造物は、インドと日本の複合なのであった。
南無大師遍照金剛