裁定取引(アービトラージ)について

 「サヤ取り」とも言う。LTCMをはじめ、多くのヘッジファンドが使っている投資手法なのだが、わかりやすいイメージでいうとこんな感じだろうか。
 実際にあった話らしいが、さるハンバーガーチェーンで、チーズバーガーセットとダブルバーガーをたのんだ場合と、ダブルバーガーセットとチーズバーガーをたのんだ場合で、価格に差があるとする。


 A.チーズバーガーセット+ダブルバーガー(780円)
 B.ダブルバーガーセット+チーズバーガー(760円)


 AとBは注文の仕方が異なるだけで、中身は一緒である。したがって、本来値段は同じでなくてはならないにもかかわらず、差があることになる。すぐ分かるとおり、これを利用してもうけることができる。すなわちBの注文で買って、Aとして売るのである。差し引き20円のもうけになる。
 もちろん、投資の場合は、実際にはこんな単純ではなく、中身が完全に同一ということもない。株や債権を組み合わせたポートフォリオAと、それと同一の価値になる別のポートフォリオBをつくって、その市場価格の差(スプレッド)に着目するのだ。さらに言えば、ハンバーガーの場合のように転売をするのではなく、割高な方(A)を売り、割安な方(B)を買うことで、利益を上げようとする。AとBは同一の価値なのだから、市場価格に差があれば、それは遠からず縮小するはずである。例えばAが下がり、Bが上がれば、売りと買いの両方でもうかる。
 この裁定取引のどこが凄いかというと、市場全体の動向とは独立に利益を上げることができるところだ。ハンバーガーの例で言えば、チェーン会社はいずれ値段の差に気づき、価格を修正するだろうが、その修正の仕方はいろいろある。Aに合わせる場合(780円)、Bに合わせる場合(760円)、AとBの中間にする場合(770円)、両方値上げする場合(800円)、両方値下げする場合(740円)、などなど。しかし、どの場合でも値段の差(スプレッド)は縮まる(この場合はゼロになる)。投資の場合も同様に、市場全体の動きに応じて、AとBのポートフォリオの価格が同時に上がることも、同時に下がることもありうる。しかし、いずれにせよ両者の価格の差は縮まるのだから、利益が出る。たとえば両方上がると売りの方では損失が出るが、それは買いで相殺されたうえ、縮小分が利益になる。
 もちろん、ここで「理論的にはどうでも、スプレッドが広がる場合もあるのでは」と疑問を持つ方もいるだろう。実際LTCMを襲ったのはそういう事態だ。LTCMはユーロ統合を見込んで、割高なドイツ国債を売り、割安なイタリア国債を買うという債券アービトラージを仕掛けており、かなり巨大なポジションを持っていたが、1998年ロシアのデフォルト(債務不履行宣言)の影響で、信用力のあるドイツ国債が上がり、逆にイタリア国債は下がるという、典型的な股裂状態に陥ったのである。
 しかし、そのことによって、裁定取引自体が無効になったと考えるのは早計で、現在でもヘッジファンドの基本的な投資法のひとつとして健在であるし、個人投資家リスクヘッジとして応用できるところがある。