魂を殺すことの出来ない者を恐れるな――古谷実『ヒミズ』1〜4巻★★★★★

kanedaitsuki2008-08-08

『稲卓』しか知らなかったのでまったくノーマークだった。読後、ショックで一時的に感覚が麻痺してしまった。古谷実恐るべし。
ジャンルとしては望月峯太郎のホラーものやいがらしみきおの『SINK』に類する。ベタな表現をすれば現代版『罪と罰』。アキハバラ事件に対する先見性を述べるのは、無粋すぎるだろう。
主人公は、自分を普通じゃないと思っている普通人が大嫌いであり、立派な普通の人になるのが夢だった。これ自体が既に自意識過剰だが、主人公の環境は必ずしも普通でも平均的でもない。父は失踪し、母も愛人と蒸発してしまう。やむなく中学校に行くのを止め、ボート屋を運営しつつ、バイトにも精を出す。しかし、ふと夜に現れた父を殺してしまうところから、主人公はその負債を払うがごとく、一年以内に「悪人」を殺すと決めて、普通ではない生き方を始める・・。
主人公の殺人へのオブセッションは、怪物という寓意的イメージによって表現され、くどくどとした心理描写に頼りきってない分、客観的でリアルに感じられる。実は怪物は物語冒頭から登場しているので、父殺しという行為が主人公のオブセッションを引き出したことにはなっていない。ここに動機づけの混乱が見られるが、それこそがこの作品のアクチュアリティを示している。あらかじめ主人公は、社会的に構成された意味づけよりも空虚で過剰なものに動かされている。ある意味で、のしかかる得体の知れない力によって魂は純化した。してみれば、ラストは必然だと言える。
主人公の魂は救われただろうか。そもそも生きて救われる魂など、あるのだろうか。

ヒミズ 1