私小説にあらず――吾妻ひでお『失踪日記』★★★★
小学生以来の吾妻ひでおファンだが、この評判作は最近ようやく読んだ。浮浪者・下層労働者としての生活やアルコール依存症での入院生活など、私には経験はないが、決して遠い世界だとは思わなかった。私にとってはじゅうぶん身近でリアルである。
モチーフからすれば、どろどろした感じでいくらでも描けるはずだが、作者の視線は徹底的に覚めており、自己卑下的でも(それをただ逆立ちさせた)自己肯定的でもない。この「批評性」のなさが、吾妻漫画の純粋性を保っている。たとえばいがらしみきお描く『SINK』は作者の思想性が濃厚で思わず鼻白む。一度かような作品を読んでしまえば、『ぼのぼの』など、似非ナンセンスとしか見れなくなるのだ。すでにナンセンス・シュール路線など巷に氾濫してしまったが、いまいちどその本道・本源を省みる必要があろう。