代数式と英米式

チェスの棋譜の記録法には代数式(国際式)と英米式がある。ところで、昨今巷で話題の石原都知事発言ではないが、この英米式というやつ、いささかわかりづらい。
代数式では、盤を一つの座標と見て(白側を手前とする)、横軸に(左から)アルファベットを、縦軸に(下から)数字を割り振って、その組み合わせでマスを指定する。
英米式では、横軸は駒の初期配置に合わせ、左からKR、KN、KB、K、Q、QB、QN、QRと名づけている。縦軸は代数式と同様数字なのだが、常に指し手の側から数えた数字を割り振る。たとえば「P-K4」(ポーンをKの4列目に移動)を代数式に直すと、白の手ならe4を意味し、黒の手ならe5を示す。
つまり、代数式は絶対座標なのだが、英米式は相対座標なのである
たとえば地図の見方でも、北を上にしなければわからないひとと、現在自分の向いている方向を上にしないとわからないひとに二分されるというが、それに似ている。ちなみに私は前者である。まあ、北が上、という取り決めはまったく恣意的なんだけど(南半球の国の地図は南が上のはず)。
相対座標というのもなじめなさの一つだが、英米式の問題はそれだけではない。たとえば、NをKB3に動かすとして、その局面において(他の自軍の駒があるなどで)QBには動かすことはできないならば、慣習的にKは省略する。すなわち、N-KB3ではなく、N-B3と記す。この場合、この手のみを見ても、どちらに動かしたかはイメージできないことになる。この点代数式の場合、一手の記述だけでもどうしたかがはっきりわかる。
もちろん、これらのことは(仏語の数字の数え方同様)一般に「慣れ」の問題に過ぎないとも言えるが、現実には改版の際に英米式を代数式に変換したチェス本が多数あり、その序文にはたいてい「読者への便宜の為」と説明がある。ということは、どうも英語圏のひとにとっても英米式はわかりにくいらしい
ちなみにミステリ作家・森博嗣の作品『夏のレプリカ』で、主人公西園寺萌絵とその友人杜萌が、盤と駒を使用せずにチェスを指すシーンがあるが、そこではアルファベットと数字の組み合わせではなく、数字と数字の組み合わせが使われている。「国際標準はアルファベット+数字ですが」と、森博嗣本人にメールで問い合わせたことがあるが、森先生答えていわく、
「理数系の人間には、こちらの方がしっくりくる」
まあ、よく考えれば将棋の記法も数字+数字だし(ただしアラビア数字と漢数字の組み合わせ。たとえば「2六歩」と記す)、やはりひとそれぞれ、ということか。

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