絲山秋子『沖で待つ』★★★★

同期の仕事仲間の男女の友情を描く芥川賞受賞作である表題作と、無職の負け犬女の一日を描いた「勤労感謝の日」の二編収録。前者の二人の奇妙な、しかしありえそうな契約は面白い。幻想風味をやりすぎずに入れているのもよい。ただ個人的には、世間への鬱憤を小気味よく語る絲山節が冴える後者の作品の方が好きだ。
世間のしがらみからお見合いをするが、嫌気がさして途中で席を立ち出ていくシーン。

けやき並木が地味に紅葉していた。けやきの若芽はみずみずしくてかろやかなのに紅葉はなんだか埃くさい。
パンプスを鳴らしながら商店街に入るとクリスマスソングが聞こえた。サンタクロースなんていないってみんな十歳やそこらで判るのに、なんで残りの人生七十年間サンタクロースなんだろう。夢がある? 夢なんて見てる暇あるか。サンタクロースよ、もし存在するならば世界中の職安を回って、失業者達の親指に穴のあいた靴下に片っ端から条件のいい仕事を入れて回ってくれ。
駅の向こう側には、上沼町というクリスマスが大好きな新興住宅地があって、全世帯で豆電球を家の外壁に点滅させているが、電気はつけたら消せと習わなかったのだろうか。家電製品の会社にいたから気になるのか。「上沼町に原発を」私は駅向こうに行くたびに思う。幸せは家の中でやってくれ。家の塀にぶらさげるのは「落し物」とか「球根差し上げます」とかで十分ではないか。そしていつも思う。社会をどんどん俗悪なものにしているのは私の世代なのだ。小学生の名前の変遷を見れば歴然とわかる。このクソ世代がやっていることが。

勤労感謝の日」『沖で待つ』2006年、pp24-25

こんな感じ。メリハリのきいたリズムで、皮肉な批評性が嫌味にならない。コラムやエッセイだとこうはできないのだろうな、と思わせるところが絲山の小説家たる所以だ。
芥川受賞については素直に目出度いと思う。前回直木賞に格下げされたうえの落選だったから、喜びもひとしおであろう。
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